2016年 01月 16日
雀キチ |
新年会もそこそこに雀荘にかけこむ。過ぎ去りし現役時代の話である。
社長の年頭あいさつの後、杯を交わしてしばし歓談、その間にいつのまにかメンバーが整い麻雀屋へ連れ立つのが習いであった。終業日の年末も同様で、年末年始は昼過ぎから夜までの長時間を麻雀屋で過ごしたものだ。
最近は麻雀をするサラリーマンは少なくなったというから、彼等には意味が分からないかも知れないが、雀(ジャン)キチとは麻雀狂(キチガイ)のことである。会社仲間で麻雀をするのは、平日は精々午後6時頃から10時頃までであったが、中には、昼休みの12時になると同時に雀荘に駆け込む連中がいた。午後1時までのわずか1時間の間を惜しんで興を楽しむ。みんな管理職になる前の20代のころのことであったが、かれらを周囲は「雀キチ」と呼称した。
出張からの帰途、「○○時に東京駅に着くからメンバーを揃えてどこどこの雀荘で待っていてくれ」と新幹線の中からオフィスに電話してきた先輩がいた。当時はまだ携帯電話はない。新幹線の特定の車両に電話ボックスがあり、いちいちそこから電話をしなければならない時代のことである。
また、別の先輩に麻雀に誘われ、「子供が病気だから」と言って断ったら、「お前は医者か。お前が帰ったら治るのか」と言われた男がいた。もちろん冗談だが。
接待ゴルファーを客層に持つゴルフ場の中には、麻雀部屋を備えているところもあった。プレーの後飲食をしてから移動して、麻雀に興ずるのである。そこでも飲酒を伴う。
大いなる田舎名古屋は職住接近、ゴルフ場もたいてい繁華街まで1時間以内の距離。場所を雀荘に移して更にバーやクラブでカラオケで声を競ったりしたものだ。
左様なことで酒、麻雀、ゴルフはサラリーマンの“必須科目”などと言われた時代があった。のちにカラオケも加わる。終業後会社からまっすぐ家路につくのは、男の甲斐性がないなどと冷やかす風潮もあった。妙な理屈である。今思えば、家庭放棄もいいとこだ。
この“サラリーマン文化”は、日本人の行くところ海外にも一部存在する。もちろん海外に駐在する日本人はそんなに多いわけではないので生活パターンは異なる。まっすぐ家に帰ることも多いし、ニューヨークでは終業後オペラ鑑賞やミュージカルに行ったりもする。
そんな中でも、時に他社の駐在員と麻雀を終えて帰宅する時、われわれ日本人を路地で待ち受ける2~3台のタクシーがあったのには思わず笑ってしまった。これが、八重洲ブックセンター脇で、ドライバーが麻雀を終えて出てくる客を待ち構えている図と同じだからである。それらのタクシーを素通りしようとすると、「まだ(麻雀を)やっている人はいる?」と聞いてくるところも日米共通なのである。遅くまで麻雀をしている日本人は、彼らにとって遠距離を稼げる「いい客」なのだ。
それもこれも、右肩上がりの高度経済成長時代の名残りである。日本経済が失われて20年、国際競争が激しい中で、今のサラリーマンはすべてにおいて厳しいに違いない。上述の”サラリーマン文化”を享受したのも団塊の世代までではないか。
社長の年頭あいさつの後、杯を交わしてしばし歓談、その間にいつのまにかメンバーが整い麻雀屋へ連れ立つのが習いであった。終業日の年末も同様で、年末年始は昼過ぎから夜までの長時間を麻雀屋で過ごしたものだ。
最近は麻雀をするサラリーマンは少なくなったというから、彼等には意味が分からないかも知れないが、雀(ジャン)キチとは麻雀狂(キチガイ)のことである。会社仲間で麻雀をするのは、平日は精々午後6時頃から10時頃までであったが、中には、昼休みの12時になると同時に雀荘に駆け込む連中がいた。午後1時までのわずか1時間の間を惜しんで興を楽しむ。みんな管理職になる前の20代のころのことであったが、かれらを周囲は「雀キチ」と呼称した。
出張からの帰途、「○○時に東京駅に着くからメンバーを揃えてどこどこの雀荘で待っていてくれ」と新幹線の中からオフィスに電話してきた先輩がいた。当時はまだ携帯電話はない。新幹線の特定の車両に電話ボックスがあり、いちいちそこから電話をしなければならない時代のことである。
また、別の先輩に麻雀に誘われ、「子供が病気だから」と言って断ったら、「お前は医者か。お前が帰ったら治るのか」と言われた男がいた。もちろん冗談だが。
接待ゴルファーを客層に持つゴルフ場の中には、麻雀部屋を備えているところもあった。プレーの後飲食をしてから移動して、麻雀に興ずるのである。そこでも飲酒を伴う。
大いなる田舎名古屋は職住接近、ゴルフ場もたいてい繁華街まで1時間以内の距離。場所を雀荘に移して更にバーやクラブでカラオケで声を競ったりしたものだ。
左様なことで酒、麻雀、ゴルフはサラリーマンの“必須科目”などと言われた時代があった。のちにカラオケも加わる。終業後会社からまっすぐ家路につくのは、男の甲斐性がないなどと冷やかす風潮もあった。妙な理屈である。今思えば、家庭放棄もいいとこだ。
この“サラリーマン文化”は、日本人の行くところ海外にも一部存在する。もちろん海外に駐在する日本人はそんなに多いわけではないので生活パターンは異なる。まっすぐ家に帰ることも多いし、ニューヨークでは終業後オペラ鑑賞やミュージカルに行ったりもする。
そんな中でも、時に他社の駐在員と麻雀を終えて帰宅する時、われわれ日本人を路地で待ち受ける2~3台のタクシーがあったのには思わず笑ってしまった。これが、八重洲ブックセンター脇で、ドライバーが麻雀を終えて出てくる客を待ち構えている図と同じだからである。それらのタクシーを素通りしようとすると、「まだ(麻雀を)やっている人はいる?」と聞いてくるところも日米共通なのである。遅くまで麻雀をしている日本人は、彼らにとって遠距離を稼げる「いい客」なのだ。
それもこれも、右肩上がりの高度経済成長時代の名残りである。日本経済が失われて20年、国際競争が激しい中で、今のサラリーマンはすべてにおいて厳しいに違いない。上述の”サラリーマン文化”を享受したのも団塊の世代までではないか。
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by rakuseijin653
| 2016-01-16 08:00
| 人生
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