2016年 07月 26日
天皇の人権 |
2012年12月23日、『天皇誕生日に思う』と題して、「われわれは伝統を守るためと言って天皇の自由を奪っていいのだろうか。高齢で病を抱えた天皇が退位することを認めずこき使っているのである」と書いた。
それから4年、ついに天皇自身が生前退位の意向をもらしたという。国民の誰にも天皇の心中をはかる者がいなかったのである。生まれながらにして自由を知らない高貴な天皇と違う平俗の民なら、周囲が気を使ってくれないので"業を煮やした"ということになるのではないか。
それでもほとんどの メディアは、皇室典範により生前退位は認められていないから天皇の意思を実現するのは難題と説き、学者、知識人の見解を紹介する。平川祐弘東大名誉教授は「ご自分で拡大解釈した役割を果たせなくなったから次に引き継ぎたいというのは異例のご発言である」と言った。「自分で勝手に仕事を増やしておいて、体力がもたなくなったから辞める、というのは許されない」と言わんばかりである。一人の善良な生身の人間である天皇の人生を国民が勝手に決める、まぎれもない人権無視。これほど不条理なことがあるだろうか。
その中にあって唯一?、日本経済新聞井上亮記者が、天皇の人権という視点で生前退位を論じている。以下、7月22日「天皇の『人権』議論のとき」から一部引用。
「象徴という立場から、言論の自由などがある程度制限されるのはやむを得ない。だからといって、天皇は日本国憲法のもっとも大切な理念である基本的人権の枠外としてしまっていいのだろうか。ある宮内庁OBは『憲法上の制約はあるが、退位は健康状態にも関わること。それまで意思表示してはならないのか。法改正が必要だが、これを天皇の権力行使というのは極論だし、あまりに非人間的だ』と語っている」
「われわれは象徴天皇制が血の通った一人の人間の存在の上に成り立っていることをよく考えなければならない時期にきているのかも知れない。もし、それが人権を抑圧し、犠牲を伴う制度であれば、それこそ憲法の理念に反している」
「これを機会に『天皇の人権』と象徴天皇のあり方について真剣に議論されるべきではないだろうか」
井上記者は、天皇の人権に無自覚な国民世論に逆らうことに気がとめるのか、「考えなければならない時期にきているのかも知れない」「議論されるべきではないだろうか」と自制気味に論じているが、先の『天皇誕生日に思う』で触れた通り天皇の人権については、作家臼井吉見が昭和30年代から40年代にかけてたびたび主張していることである。しかし、その後半世紀、これを引き継ぐ良識と見識ある論客は現れなかった。世界では人権論が進化しているのに、いまだに日本国民は皇族の人権を省みることはしないのである。奇異なことだ。
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それから4年、ついに天皇自身が生前退位の意向をもらしたという。国民の誰にも天皇の心中をはかる者がいなかったのである。生まれながらにして自由を知らない高貴な天皇と違う平俗の民なら、周囲が気を使ってくれないので"業を煮やした"ということになるのではないか。
それでもほとんどの メディアは、皇室典範により生前退位は認められていないから天皇の意思を実現するのは難題と説き、学者、知識人の見解を紹介する。平川祐弘東大名誉教授は「ご自分で拡大解釈した役割を果たせなくなったから次に引き継ぎたいというのは異例のご発言である」と言った。「自分で勝手に仕事を増やしておいて、体力がもたなくなったから辞める、というのは許されない」と言わんばかりである。一人の善良な生身の人間である天皇の人生を国民が勝手に決める、まぎれもない人権無視。これほど不条理なことがあるだろうか。
その中にあって唯一?、日本経済新聞井上亮記者が、天皇の人権という視点で生前退位を論じている。以下、7月22日「天皇の『人権』議論のとき」から一部引用。
「象徴という立場から、言論の自由などがある程度制限されるのはやむを得ない。だからといって、天皇は日本国憲法のもっとも大切な理念である基本的人権の枠外としてしまっていいのだろうか。ある宮内庁OBは『憲法上の制約はあるが、退位は健康状態にも関わること。それまで意思表示してはならないのか。法改正が必要だが、これを天皇の権力行使というのは極論だし、あまりに非人間的だ』と語っている」
「われわれは象徴天皇制が血の通った一人の人間の存在の上に成り立っていることをよく考えなければならない時期にきているのかも知れない。もし、それが人権を抑圧し、犠牲を伴う制度であれば、それこそ憲法の理念に反している」
「これを機会に『天皇の人権』と象徴天皇のあり方について真剣に議論されるべきではないだろうか」
井上記者は、天皇の人権に無自覚な国民世論に逆らうことに気がとめるのか、「考えなければならない時期にきているのかも知れない」「議論されるべきではないだろうか」と自制気味に論じているが、先の『天皇誕生日に思う』で触れた通り天皇の人権については、作家臼井吉見が昭和30年代から40年代にかけてたびたび主張していることである。しかし、その後半世紀、これを引き継ぐ良識と見識ある論客は現れなかった。世界では人権論が進化しているのに、いまだに日本国民は皇族の人権を省みることはしないのである。奇異なことだ。
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by rakuseijin653
| 2016-07-26 18:15
| 天皇
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