2017年 11月 05日
死語にならない「VTR」(2) |
もはやビデオテープは使われていないのに、テレビ局は再生映像のことに「VTR」という用語を使う(「死語にならない『VTR』)。この違和感について、NHKに訊ねてみた(『みなさまの声にお応えします』)。その答えは「内部でも議論してきたが、もはや言い換えるのは難しい段階になった」というものである。
NHKの見解は以下に要約される。
○「ラジオを聴く」と言うように、「VTRを観る」という言い方はおかしいとは言えない。
○「VTR」という本来の意味も知らずに使っている若者も多いのではないか。
○他の言い方にすべきという議論は内部でもたびたび行ってきたが、すでに新しい意味で広く使われていることばであり、日本語の用法として誤りとは言えない、となると禁止するのは難しい段階にきてしまったというのが実情である。
NHKが今更この用語を変えることはあるまい。しかし、「VTRを観る」は「ラジオを聴く」という言い方と同じとは、異なことを言うものだ。それはもはや世間から消え去った、「真空管ラジオを聴く」というのと同じだ、というに等しい。「真空管」と言ってもそれこそ今の若者にはわからないだろうが、真空管ラジオは1960年代後半にほぼトランジスタラジオに置き換わっている。
本来の意味も知らずに使っている若者も多いのではないか、と言うが、民放などの報道ワイド番組のパネルには、VTRの文字にご丁寧にビデオテープカセットの絵が添えられている。それらを見ている若者が本来の意味を知らないということはないだろう。
それに、再生映像としての「VTR」は「すでに新しい意味で広く使われている」と言うが、世間の流行語がいつしか「広く使われて」定着したというのとは全く異なる。そういうふうになっているとしても、それはNHKをはじめとするテレビ局が使い続けた影響である。「自分たちがそうしておいて他人のせいにする」という言い草である。
そもそも「広く使われている」と言うが、例えば家庭で再生画像(ビデオテープやDVD)を観るときに「VTRを観る」とは言わない。「ビデオを観る」と言うだろう。家庭用ビデオカメラで撮ったビデオを観るときも同じだ。「広く使われている」というのはテレビ業界の話であり、一般社会ではそうではない。
確認はしていないが、再生画像のことにVTRという用語を使っているのは韓国、中国を含めて世界のどこの国にもないと思う。NHKが主導する日本のテレビ業界は、時代の変化に対応して言葉遣いを変える(VTR→ビデオ)タイミングを逸したのである。
余談だが、NHKからの回答メールのなかに、「特にある年代以上の方は強くそうお感じになるというのは当然だと思います」と年寄り扱いして、本題からそらそうとしているのが気に入らない!
2019年11月15日追記
このNHKとのやりとりがきっかけというわけではないだろうが、民放を含めて番組の外部出演者がほぼ例外なく「VTR」と言うようになった。外国人が英語で「video」と言っているのにも、日本語訳の字幕では「VTR」としている。おそらくテレビ局間で統一するようにし、出演者にも本番前の打ち合わせで「ビデオ」ではなく「VTR」という用語を使うように求めているのだろう。「ビデオ」があたかも放送禁止用語であるかのように、出演者の自由な言葉づかいまで“規制”するのは行き過ぎである。
「VTR」という用語を使いたい者は「VTR」と言えばいい。だからと言って、「ビデオ」と言いたい者に使用禁止?を求めるのは、大げさだがある種の言葉の統制である。世の中の混乱を避けるために言葉を統一した方がいい場合もありうる。しかし、「ビデオ」が、それに該当するケースだとは思えない。
NHKからの回答メール(2017年10月16日)
NHKの番組をご視聴いただき、ありがとうございます。
お問い合わせの件についてご連絡いたします。(略)
「VTR」という語も、同様に、最近では「ビデオカメラで撮影された映像」という意味を含むようになってきたと考えられます。特に、ご指摘のようにビデオテープ自体が次第になくなろうかというなかで、「VTR」という語の本来の意味を知らずに新しい意味で使っている若い世代の方も多いのではないでしょうか。辞書にそうした意味が掲載され始めたということもその反映だと考えられます。
とはいえ、「再生映像」という意味で「VTR」ということばを使うことにはまだまだ違和感を感じる方もいらっしゃることから、できるだけ他の言い方にすべきだという議論は内部でもたびたび行ってきました。しかしすでに新しい意味で広く使われていることばであり、また日本語の用法として誤りとは言えないとなると、あらためて放送で使ってはいけない言葉として使用を禁止するのはもはや難しい段階にきてしまったというのが実情です。以上ご理解をいただければ幸いです。
今後とも、NHKをご支援いただきますようお願いいたします。
お便りありがとうございました。
NHKふれあいセンター(放送)
by rakuseijin653
| 2017-11-05 08:00
| 言語(力)
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